チームラボ
「栗林公園光の祭」
私個人も、時々、舞台作品で照明を組んだり操作したりすることがある。
視覚にダイレクトに迫って来るし、何気ない風景を象徴的に切り取ったりできるので、照明が凄く好き。
そういうこともあって、今回の展示に興味を持った。
- 「チームラボ」とは
- 「栗林公園 光の祭」とは
- 展示内容
- ①呼応する木々(Resonating Trees)
- ②水面に立ち続ける呼応する生命(Autonomous,Resonating Life on the Water)
- ③浮遊する、呼応する球体(Floating,Resonating Spheres)
- ④浮遊する呼応するランプ - ワンストローク(Floating Resonating Lamps - One Stroke)
- ⑤生命は連続する光 - 涵翠池(LIfe is Continuous Light - Kansui Pond)
- ⑥自立しつつも呼応する生命(Autonomous Resonating Life)
- ⑦自立しつつも呼応する生命の森(Forest of Autonomous,Resonating Life)
- ⑧増殖する生命の石壁 - 紫雲山(Ever Blossoming Life Rock Wall - Mt.Shiun)
- 感想
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「チームラボ」とは
アートコレクティブ。2001年から活動を開始。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。チームラボは、アートによって、人間と自然、そして自分と世界との新しい関係を模索したいと思っている。
(パンフレットより引用)
ホームページを見てたら、アートとか空間演出だけじゃないのね。
アプリやWebの開発もしていて幅が広い。
色んな分野とコラボレーションするのってとても難しく感じるけれど、無限の可能性が広がっている気がする。
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「栗林公園 光の祭」とは
栗林公園は、国の特別名勝に指定された江戸初期(17世紀)の回遊式庭園(日本庭園)です。16世紀後半に築庭されたことに始まるといわれ、1630年代以降、大名庭園として拡大、修築を積み重ね、100年以上経った1745年に完成しました。庭園は造られた当初から松で構成され、まるで盆栽のような松は、約300年に渡って手入れされてきました。
チームラボは「Digitized Nature」というアートプロジェクトを行っています。非物質的であるデジタルテクノロジーによって、自然を破壊することなく「自然そのものが自然のままアートになる」というプロジェクトです。
人間は、自分の人生より長い時間を認知できないのではないか、つまり、長い時間の連続性に対する認知の境界があるのではないかと考えています。長い年月をかけて自然がつくる形や、長く続いてきた人と自然との営みによる造形、その形こそが、長い時間を知覚できる形そのものであると考え、それらを使うことで、長い時間の連続性に対する認知の境界に対する模索をしたいと思っています。
「チームラボ栗林公園 光の祭」では、一歩一景といわれる変化に富む美しい栗林公園を、人々の存在によって変化するインタラクティブな光のアート空間に変えます。
(パンフレット・ホームページより引用)
https://www.teamlab.art/jp/e/ritsuringarden
過去、指輪ホテルの「讃岐の晩餐会」に出演した時に感じた「栗林公園の持つポテンシャル」というものがあった。
それから栗林公園のライトアップの時には、必ず行くようにしていた。
そんなライトアップとは、また違ったアプローチ。
「時間と認知」の話は興味深い。
確かに私たちは自分の人生以上の時間を認知するために、色んなものを拠り所にしている。
その一つが「自然」であるということか……確かに。
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展示内容
①呼応する木々(Resonating Trees)
https://www.teamlab.art/jp/w/resonatingtrees/ritsuringarden
木々が光り輝く。木々の光は、それぞれ自立しており、ゆっくりと明滅している。
木々の光は、「浮遊する、呼応する球体」や「水面に立ち続ける呼応する生命」から伝播してきた光に呼応し、色を変え、色特有の音色を響かせる。その木の光は、周囲の木々に次々に伝播し音色を響かせながら、連続していく。
木々の奥から光が押し寄せてくれば、向こうの方に人がいることを意味する。人々はきっと、同じ空間にいる他の人々の存在を普段より意識するだろう。
(パンフレットより引用)
明かりだけを追いかけているとよくわからなかった。
しかし、最後、丘に上がって全体を見渡した時に公園全体が呼吸するように光が揺れ動いた。
②水面に立ち続ける呼応する生命(Autonomous,Resonating Life on the Water)
https://www.teamlab.art/jp/w/autonomous_resonating_life_water/ritsuringarden
水面に立ち続ける光のovoid(卵形体)は、それぞれ自律し浮遊している。ovoidは、人に押されたり、風に吹かれたりして、倒れると、立ち上がりながら光の色を変え、色特有の音色を響かせる。その周辺のovoidも次々に呼応し、同じ色に変化し音色を響かせながら、連続いていく。そして、周辺の「呼応する木々」も呼応し、連続していく。
光のovoidは、風が静かで人々が何もしない時、ゆっくりと明滅をはじめる。
(パンフレットより引用)
まず、最初に出会う造形物。
水面に規則的に並んで光っているovoidは幻想的で何かが生まれそうな感じがした。
次に陸にもovoidが並んでいたが、子どもたちの遊び場と化していた。
でっかい「おきあがりこぼし」みたいで楽しいよね。わかる。
③浮遊する、呼応する球体(Floating,Resonating Spheres)
https://www.teamlab.art/jp/w/fr_spheres/ritsuringarden
光の球体は、それぞれ自立している。球体は、人が叩くと、もしくは、風が吹いた時、色を変え、色特有の音色を響かせる。その周辺の球体も次々に呼応し、同じ色に変化し音色を響かせながら、連続していく。そしてその周辺の「呼応する木々」も呼応し、連続していく。
光の球体は、風が静かで人々が何もしない時、ゆっくりと明滅をはじめる。
(パンフレットより引用)
進んで次に現れるのが浮遊している球体。
幻想的な風景で、これも子どもたちの遊び場となっている。これも楽しい。わかる。
そこそこ大きな球体が浮かんで、色を変化さている姿は、なんだかちょっと怖い。
④浮遊する呼応するランプ - ワンストローク(Floating Resonating Lamps - One Stroke)
https://www.teamlab.art/jp/w/floating_resoating_lamps/ritsuringarden
水面に浮かぶランプは、それぞれ自立し浮遊している。人がランプの近くで立ち止まっていると、もしくは風に吹かれて傾くと、強く輝き音色を響かせる。そのランプの光は、隣のランプに次々に伝播し、音色を響かせながら、連続していく。伝播していく光は、必ず、全てのランプを一度だけ強く輝かせ、全てのランプに伝播し、池の中央に浮かぶ島の「生命は連続する光」に連続していく人々はきっと、同じ空間にいる他の人の存在を感じるだろう。
光は、伝播していく距離の合計が最短になるように伝播する。つまり、ランプの光は、全てのランプを1度だけ通る最短の一本の光のラインとなる。浮遊するランプは、それぞれの役割と場所を変えていく。伝播する光の距離の合計が常に最短となるため、同じランプが起点となって輝きはじめても、光の経路は刻々と変わっていく。
ランプは、風が静かで人々が近くにいない時、ゆっくりと明滅をはじめる。
ランプシェードは、ムラーノ・ガラス(ベネチアン・グラス)で制作した。
(パンフレットより引用)
個人的に一番好きな作品。
ロウソクのような淡い光が水面を幻想的に照らしている。
原色系の明かりが多い中で、火の光みたいで落ち着く。
⑤生命は連続する光 - 涵翠池(LIfe is Continuous Light - Kansui Pond)
https://www.teamlab.art/jp/w/continuous_light_ritsuringarden/ritsuringarden
涵翠池の島や周りの木々や岩が光り輝く。光はそれぞれ自律しており、ゆっくりと明滅している。
木々や岩の光は、「浮遊する呼応するランプ」から伝播してきた光に呼応し、強く輝き、音色を響かせる。そして、その木の光は、一筆書き状に隣の木々や岩に次々と伝播し音色を響かせながら、連続していく。
向こうの方から光りが押し寄せてくれば、向こうに人がいることを意味する。人々はきっと、同じ空間にいる他の人々の存在を普段より意識するだろう。
(パンフレットより引用)
実は、どの展示かいまいち記憶に残っていない。
たぶん、池の周りのライトアップだったのだろうけれども。
この辺りで初めて「栗林公園 光の祭」の引きの絵が見えてきた。
⑥自立しつつも呼応する生命(Autonomous Resonating Life)
https://www.teamlab.art/jp/w/autonomous_resonating_life/ritsuringarden
立ち続ける光のovoid(卵形体)は、それぞれ自律している。ovoidは、人に押されたり、風に吹かれたりして倒れると、立ち上がりながら光の色を変え、色特有の音色を響かせる。その周辺のovoidも次々に呼応し、同じ色に変化し音色を響かせながら、連続していく。
光のovoidは、風が静かで人々が何もしない時、ゆっくりと明滅をはじめる。
(パンフレットより引用)
さっきよりも広い範囲にovoidが点在している。
そこそこ広い空間がovoidによって埋め尽くされている光景は、やっぱり何だかグロテスクに感じる。
そして、その向こうに、もっと大きなovoidが見える。
⑦自立しつつも呼応する生命の森(Forest of Autonomous,Resonating Life)
https://www.teamlab.art/jp/w/forest_of_autonomous/ritsuringarden
高密度に立ち続ける光のovoid(卵形体)は、それぞれ自立している。ovoidは、人にかき分けられたり、風に吹かれたりして倒れると、立ち上がりながら光の色を変え、色特有の音色を響かせる。その周辺のovoidにも次々に呼応し、同じ色に変化し音色を響かせながら、連続していく。光のovoidは、風が静かで人々が何もしない時、ゆっくりと明滅をはじめる。
ovoidの奥から光が押し寄せてくれば、向こうに人がいることを意味する。人々はきっと、同じ空間にいる他の人々の存在を普段より意識するだろう。
(パンフレットより引用)
たぶん、今回の展示の一番の見所かも知れない。
凄く密着した状態のovoidを掻き分け進む。不思議体験。
ovoidが押されて、進むために押し返して、その向こうには押されている誰かがいて……。
ovoidの森の中で参加者がひとつの作品となっているような感覚を覚える。
⑧増殖する生命の石壁 - 紫雲山(Ever Blossoming Life Rock Wall - Mt.Shiun)
https://www.teamlab.art/jp/w/ever_blossoming_life_stonewall/ritsuringarden
紫雲山の石壁に、花々が永遠に咲いては散っていく。1時間を通して1年間のこの地域の花々が咲いては散り、変化していく。
花は生まれ、成長し、つぼみをつけ、花を咲かせ、やがて散り、枯れて、消えていく。つまり、花は誕生と死滅を、永遠に繰り返し続ける。
自分という存在は、何十億年という圧倒的な時間の長さの、永遠い繰り返されてきた生命の生と死の連続性の上にある。しかし、日常では、なかなかそれを知覚することが難しい。
圧倒的長い年月をかけて形作られた石壁の造形そのものに、花々の誕生と死滅が永遠に繰り返された時、長い生と死の生命の連続性の上に生命が存在することを感じることができるかもしれない。
作品はコンピュータープログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。あらかじめ記録された映像を再生しているわけではない。全体として、以前の状態が複製されることなく、変容し続ける。今この瞬間の絵は2度と見ることができない。
(パンフレットより引用)
ovoidの森を抜けた先にある広大なプロジェクションマッピング。
この体験は結構、感動的だった。
ゆっくりと静かに変容し続ける風景は、夢か現か幻かわからなくなる。
滝が流れているのだけれど、これは現実なのか?プロジェクションマッピングの効果なのか?全く分からなかった……どっちだろ。どっちでもいいんだろうな。
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感想
まず、第一に、私はLEDライトの明かりが好みではない事がよくわかった。
基本明かりが「白」というのは、私の考えが古いからというのは重々承知した上で、なかなかピンと来なかった。
しかし、年に2度ほどあるライトアップとは違った栗林公園の景色が見られたことは、とても素晴らしく価値のある事だ。
様々な制作者が「栗林公園をどのように照らすか」という考えをしているのだから、それは当然の結果だ。
でも、やっぱり栗林公園全体が、常に色が変化しながら照らされている風景は、グロテスクな感じもあるが、幻想的で滅多に見れるものではない。
栗林公園には「一歩一景」という言葉がる。
季節によって常に変化していく栗林公園の、新しい「一歩一景」を目撃できた。
様々なオブジェを触りながら感じる瞬間。
歩きながら木々に当てられているライトが変化しているのを見ながら歩いている瞬間。
そして、最後に丘に上がって全体を見渡した時に、公園全体が呼吸しているように感じる瞬間。
色によって、自然の呼吸を感じることができた。
何だか、一瞬でも、自然と繋がった気がした。